【受賞作のポイント】第37回全国中学生人権作文コンテスト入賞作文




内閣総理大臣賞「みんなと一緒に高校生になる」

兵庫県の神戸市立垂水東中学校3年生の「みんなと一緒に高校生になる」は、難病の先天性表皮水疱症と闘いながら高校生になることを目標として自分自身の思いや考え方を綴って内閣総理大臣賞を受賞しています。皮膚と粘膜が弱く少しの刺激だけで傷になる病気で、全身に痛みとかゆみがあります。寝不足になるなどつらい日々を過ごしていますが、学校が楽しく友達や先生もやさしくしてくれました。しかしながら、これから進む高校は電動車いすに乗った状態ではエレベーターがないと移動できないことや、障害があると受け入れてもらえないものでした。また、高校は義務教育ではなく中学校のようにサポートできないと言われ、このような対応が差別にあたる行為だとアピールしています。

http://www.moj.go.jp/content/001246456.pdf

法務大臣賞「知的障害者の災害時の避難」

愛知県の刈谷市立朝日中学校1年生の「知的障害者の災害時の避難」は、知的障害を持つ弟が家の中と外の様子に対する違いをアピールし災害が起きたときに無事に避難所に行けるかどうか綴り法務大臣賞を受賞しています。最近では地震などの災害が起きやすくなり、いざ自分自身の家族に起きてしまうと自閉症の弟を連れて避難できるか心配しています。東日本大震災において自閉症の子供は環境の変化や人混みに敏感に反応してパニックになるため入ることを遠慮していたようです。福祉避難所ではこのような障害がある人を受け入れることはできますが、場所が遠いため不便になってしまいます。このため、通常の避難所のなかに障害がある人が入れるスペースを作り、不便にならないように訴えています。

http://www.moj.go.jp/content/001246458.pdf

文部科学大臣賞「地球人でええやんか」

滋賀県の東近江市立朝桜中学校1年生の「地球人でええやんか」は、外国籍のおばちゃんに「あなた何人?」と聞かれたことを母にいうと「今まで話してなかったけど地球人やねん」と言われその「地球人」ということに対して思っていることを綴って文部科学大臣賞を受賞しています。小学校の頃に母に言われた理由は父親やその親族が外国人であり、姉に話すと自分自身の知らない両親の話をされました。そのことを母に話すと親族に外国人がいる環境に育って苦労してきた様子を知り、地球人と返事をした意味が分かったようです。親族に外国人がいると名前が長くなったり外国人っぽく見えることもありますが、普通の人と同じように精一杯生きていくことが重要だと感じさせてくれる内容です。

http://www.moj.go.jp/content/001246459.pdf

法務副大臣賞「私が私でいるために」

栃木県の栃木県立岡本特別支援学校3年生の「私が私でいるために」は、病気にかかってできないことがたくさんあり特別支援学校に入ってからの様子を綴り法務副大臣賞を受賞しました。特別支援学校は病気があって不自由な状態でも輝ける場所だと知り、両親は賛成したもののなかなか決まらずに保健室登校になりみんなと一緒に授業を受けれないつらさに苦しめられていました。しかし、いざ決まってしまうと学力が下がることや学校じゃないと批判され、特別支援学校に対する考え方とのギャップに苦しみました。こうして周りの人は反対していましたが、実際に入学すると車椅子を使って生活をしてもうまく成長できるようにサポートしてもらえ、今後の人生に希望を持てるとアピールしています。

http://www.moj.go.jp/content/001246460.pdf

法務大臣政務官賞「髪がつなぐ思いやり」

埼玉県の行田市立長野中学校1年生の「髪がつなぐ思いやり」は、小学3年生のときに写真を見て髪の毛やまゆがなかった小児がんの子供に対して失礼な感情を持ったことに反省して髪に対するエピソードを綴って法務大臣政務官賞を受賞しています。祖母は美容師で長い髪でウィッグを作るヘアドネーションをしていることを伝えられ、自分自身が髪を伸ばして誰かのために役立てようと考えました。しかしながら、実際に髪が長くなれば頭が重くなることや洗うことが面倒くさくなりましたが、その時に以前の写真の子供がつらい思いをして治療に耐えていることを思い出しました。その後、髪を寄付したことを知った友人や先生方から温かい声をかけられ、助け合いや思いやりを持つことが重要だとアピールしています。

http://www.moj.go.jp/content/001246461.pdf

全国人権擁護委員連合会会長賞「私のルーツ」

佐賀県の唐津市浜玉中学校3年生の「私のルーツ」は、3年前に亡くなった祖父が満州で生まれてそのルーツがあることを綴って全国人権擁護委員連合会会長賞を受賞しました。祖父は生前に戦争体験を語っていませんが、祖父の弟が新聞やテレビの取材に答えていたことがきっかけでそのことに関心を持つようになりました。祖父の家族の海外での生活や引き揚げてきたときの状況を知り、水餃子の作り方をお手伝いの中国人から教わって敗戦によって祖父の姉たちがソ連軍に連行されるという情報を聞いて二人だけで日本に帰ることになりました。その後、祖父たちは命からがら日本に帰って姉たちとも再開しましたが、過酷な差別があり戦争とは起きてはいけないものだと綴っています。

http://www.moj.go.jp/content/001246462.pdf

一般社団法人日本新聞協会会長賞「幸せを実現するために」

三重県の三重県立大台町立大台中学校2年生の「幸せを実現するために」は、3歳の頃に亡くした祖父が右手を失って義手でありその思い出を書いて一般社団法人日本新聞協会会長賞を受賞しました。祖父は生前に作者をかわいがってくれましたが、3歳の頃にがんで他界しそのときに叔父が悔しがって涙を流していました。母と進路の相談をするときに祖父と祖母の幸せを築いてきたエピソードを聞かされ、結婚するときに家庭の事情や考え方の違いなどで祝福されなかったことを聞かされました。そして、祖父は義手を使って差別や偏見を受けていたことで、このようなことがないようにすべきだと語っていました。そして、作者も境目のない世界を作り、強く優しい気持ちで伝えられるようになりたいと語っています。

http://www.moj.go.jp/content/001246463.pdf

日本放送協会会長賞「概念を取り払って」

千葉県の木更津市木更津第一中学校3年生の「概念を取り払って」は、髪が短く男の子用のスーツを着ていたために男の子だと勘違いされ差別などを経験して概念を取り払って考えるように訴えて日本放送協会会長賞を受賞しました。兄のお下がりを着ることが好きなためにこのようになりましたが、女子トイレに入ると男子だと言われたりもしました。このように固定観念を押し付けられて嫌な思いをする人も多く、自らの経験を通して性同一性障害に対して知ってもらおうとしています。保育園児のときは仮面ライダーが好きで女の子と遊ぶときでも男の子役にされたりしていました。しかし、周りは強制ではなく自由にさせてくれたため、相手の気持ちを考えた行動が重要だと語っています。

http://www.moj.go.jp/content/001246464.pdf

法務事務次官賞「誰にも同じ生きる価値」

神奈川県の海老名市立海老名中学校3年生の「誰にも同じ生きる価値」は、相模原市で多くの障害者の命が奪われた事件をきっかけに自分自身に知的障害がある妹がいることをきっかけに誰にも同じ生きる価値があると語り法務事務次官賞を受賞しました。犯人は「障害者に生きる価値はない」と行ってこのような犯行に至り、作者がその立場なら失意のどん底に落とされて犯人を許せないと語っています。障害者は生産性がないと考えている人は多いもので、作者の妹は知的障害がありながらごく普通の女の子と言う感じです。事件のあとは障害者は自分のことについて死んでほしいとか思うか心配になっているようで、作者自身は妹のような障害があっても希望を持って人生を生きることを願っています。

http://www.moj.go.jp/content/001246465.pdf

法務事務次官賞「自分にできること」

三重県の志摩市大王中学校2年生の「自分にできること」は、盆踊りで小さいときに女の子はやぐらに上がってはいけないと言われ差別だと考えてその後の経験を書いて法務事務次官賞を受賞しました。この発言は男女差別にあたりますが、地区の人達がこのような発言はおかしいしやりたいならやればいいと言ってくれたおかげで中学生になって盆踊りでやぐらで太鼓を叩くようになれました。そして、翌年にはやぐらで音頭取りをすると名前と年を聞かれて歓迎されていることを知り、小さい頃に言われたこととは正反対のことになりました。小さい頃に言われたことは昔からの風習ですが女性差別にあたり、立ち直るまでに時間がかかったものの自分にできることはあると語っています。

http://www.moj.go.jp/content/001246466.pdf

法務事務次官賞「同じ空の下で」

宮崎県の宮崎第一中学校2年生の「同じ空の下で」は、少年少女国際交流事業に参加して韓国に行った経験を綴り法務事務次官賞を受賞しています。韓国の空港では多くの言語が聞こえ、現地で料理を食べると日本とは違ったものだと体感しました。韓国と北朝鮮の国境付近ではフェンスで隔離され、土地だけでなく家族も分断されたことを知ってつらくなったと語っています。ホームステイでは自分自身で伝えることを決め、家族も身振り手振りで対応して一員としてサポートしてくれたことで韓国と日本と国は違っても人を愛する気持ちには変わりがないと学んでいました。そして、同じ年の韓国人の女の子は以前まで日本に対して嫌悪感がありましたが、国際交流事業に参加して変わった様子を同じ空の下と例えています。

http://www.moj.go.jp/content/001246467.pdf

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